会社情報 ベトナム進出支援 バックオフィス代行 強み ニュース 問い合わせ
News

ベトナムに関して

12 記事
文化

2026年元旦休暇が正式決定:1月1日~4日までの4連休

2026年元旦休暇:4連休(1月1日~4日)に正式決定 2026年の元旦(西暦正月)は、2026年1月1日(木)から1月4日(日)までの4日間連続休暇と正式に決定されました。これは、1月2日(金)の勤務日を翌週の1月10日(土)に振り替えることにより実現したもので、労働者が年初にゆとりある休暇を取れるよう配慮されています。 2026年元旦休暇の概要 政府官房(Văn phòng Chính phủ)の発表によると、副首相は内務省による勤務日の振替提案を承認しました。内容は以下の通りです。 ・公務員・公的機関職員:木曜日から日曜日まで休暇 ・民間企業の労働者:同様の休暇スケジュールの適用を推奨(法令に基づく権利・待遇を確保することが前提) 休暇期間中の業務体制に関する指示 副首相は、内務省に対し、祝日休暇の方針を早期に各機関・企業へ周知するよう指示しました。各機関・組織は以下の対応が求められます。 ・当直体制の確保、業務の適切な配置により、行政手続きや公共サービスを途切れなく提供すること ・生産活動の維持を奨励し、需給バランスの確保、価格・市場の安定、ならびに休暇期間中の節約・浪費防止を徹底すること 労働者の賛同状況 勤務日の振替案は、約76,000件のオンライン調査回答のうち62%の賛同を得ました。多くの労働者が、休養・旅行・労働力回復の観点からこの案を支持しており、同時に企業が生産計画を立てやすいよう、早期発表を求める声も上がっています。 2026年の祝日・連休の総日数 2026年、ベトナムの公務員および労働者の祝日・連休日数は合計25日(公式祝日11日+週休・振替休日14日)となります。 ・元旦(西暦正月):4日・旧正月(丙午):9日・フン王記念日:3日・4月30日・5月1日:4日・建国記念日:5日 アジア諸国との祝日数比較 アジア地域と比較すると、ベトナムの公式祝日数は依然として少なめです。 ・ラオス:12日・日本:14日・中国:17日・フィリピン:18日・カンボジア:27日 結論 2026年元旦休暇を4連休とする決定は、労働者と企業の双方にとって実務的なメリットがあり、新年を円滑にスタートさせつつ、生産・事業活動の安定も確保するものです。

文化

ベトナム教師の日43周年記念(1982年11月20日 – 2025年11月20日)

ベトナム教師の日の起源 11月20日 👉 教職は昔から高貴な職業、「人を育てる」職業と言われています。教師はどこにいても、最も尊敬される人々です。それでは、11月20日はどちらから来たのでしょうか? 🌟 11月20日は1946年に始まり、世界での進歩的な教師の連合(FISE)がフランスのパリで設立されました。1957年には、ベトナム教育労働組合がFISEの正式なメンバーとなりました。 🎗️ 1958年、FISEは毎年11月20日を「国際教師憲章の日」と定めることを決定しました。ベトナムでは、この日が初めて1958年に祝われ、1982年には閣僚評議会(現在の政府)の決定により、11月20日は正式にベトナム教師の日として認められました。 11月20日の意義 ✨ 敬愛されるホーチミン主席は「良い教師は最も名誉がある人です。名前が新聞に載らなくても、勲章がもらえなくても、良い教師たちはやっぱり無名の英雄です」と言いました。したがって、ベトナム教師の日は、情熱と知恵の教育という高貴に貢献してきた教師たちを感謝し、称える機会です。 👉 これは教育業界の日だけでなく、国民全体の日でもあります。私たちの民族の「教師を重んじる」や「飲水思源」という美しい伝統を表現する日です。 👉 11月20日は、学生が感謝の気持ちを表す機会でもあり、同時に教師が自らの業績を振り返り、これからの貢献に向けたモチベーションを高める機会でもあります。 代表的な記念活動 🎶 毎年11月20日、全国の学校では多くの意義がある活動が行われています: – 教師への感謝を込めた記念式や座談会を開催し、教育業界の伝統を振り返ります。-「良い授業 – 良い学び」を行い、優れた団体や個人を表彰します。– 芸術祭、絵画、壁新聞の制作、祝賀カードの作成などのコンテストを実施します。– 生徒や保父兄が先生たちに訪問し、祝福の言葉を送り、花や感謝のカードを贈ります。❤️ さらに、各地域の教員の会も、教育に貢献した教師たちを感謝するという座談会や文化活動などの活動を行っています。また、卒業生たちが訪問し、自分を教えてくれた教師たちに感謝の気持ちを伝えます。 💕 11月20日は教師たちのイベントであるだけでなく、学びや鍛錬に対する感謝と責任を思い起こさせる重要な日でもあります。現代社会において、知識がますます広がり、技術が急速に発展している時代でも、教師の役割は常に神聖であり、代替不可能です。

文化

映画『赤い雨』を観た後の感想

『赤い雨』は、作家チュ・ライ氏による脚本で制作された、軍隊系の長編革命戦争映画です。2025年8月22日に公開され、上映時間は124分です。 私はHelp All 247株式会社の社員として、先日の建国記念日の連休中に劇場でこの映画を鑑賞しました。鑑賞後、心に深く残る強い感情が湧き上がりました。 この作品は、1972年のクアンチ古城で繰り広げられた81日間の激しい戦いを、非常にリアルに再現しています。熾烈な爆撃のシーン、痛ましい死、そして静かに命を捧げた兵士たちの姿は、多くの観客の涙を誘いました。 わずか3平方キロメートルにも満たないクアンチ古城の地に、わずか81日間で328,000トンもの爆弾と弾薬が投下されました。平均すると、1人の兵士が10トンの爆撃にさらされたことになり、ある兵士は1日に7回も命を落としかけたというほどの激戦でした。爆撃によって地面が何度もえぐられながらも、兵士たちはなお戦い抜いたのです。 この81日間の攻防戦は、ベトナム民族の栄光ある歴史の一部として深く刻まれています。それは、独立・自由・祖国の統一を求めた、「アメリカとの抗戦(抗米救国戦争)」における揺るぎない証でもあります。 映画の中で、麻酔が切れた後に歯を食いしばって足を切断される兵士の姿を目の当たりにしたとき、私は胸が締め付けられる思いでした。驚いたことに、その足を切断される役はプロの俳優ではなく、1972年のクアンチ古城の戦いに実際に参加した元兵士が演じているため、戦争の過酷さが一層リアルに表現されています。 特に、トゥー(Tú)、セン(Sen)、ハイ(Hải)、ター(Tạ)、クオン(Cường)といった兵士たちの姿に強く心を動かされました。彼らは本来ならば美しい青春を過ごすはずでしたが、自らの夢を一時的に脇に置き、国のために身を捧げたのです。 ♥ トゥー(Tú)トゥーはまだ多くの夢を抱く若者です。戦火の中でも無邪気さと親しみやすさを失わず、彼の犠牲は見る者の胸に深い痛みを残します。トゥーは青春を捧げて祖国に尽くした若者たちの象徴です。 ♥ セン(Sen)特殊部隊の兵士で、鋭い目つきと熟練した武器の技術を持つセン。しかし、激しい爆撃や仲間の死を目の当たりにし、心理的なトラウマに陥ります。時には笑い、時には泣き叫び、虚ろな目をしても、兵士は最後の息まで戦わなければならないことを理解しています。 ♥ ハイ(Hải)ハイは力強く熱血な性格で、部隊の仲間たちと深い絆を結んでいます。勇敢で果敢な精神と仲間への温かな思いやりを持つ彼の死は、戦争の残酷さと勇敢な兵士たちの不屈の意志を象徴しています。 ♥ ター(Tạ)ターは小隊長であり、小隊の「柱」としての役割を担っています。初めから強靭な精神とリーダーシップを示し、若い兵士たちの精神的な支えとなりました。何度も死や喪失に直面しても、ターは気丈に仲間を率い、戦う意志を保ち続けます。彼の姿は指揮官としての責任感、決断力、そして集団のために犠牲を厭わない精神を鮮明に描いています。 ♥ クオン(Cường)『赤い雨』の中で、クオンは献身的な若者の象徴として描かれています。音楽院の学生から激しい戦場へと身を投じ、爆撃と仲間の死を経験する中で、夢見がちな心が成長と強さに変わっていきます。彼の姿は、当時の若者たちが恐怖を乗り越え、祖国のために全力を尽くした理想の力を示しています。 ►映画の最後のシーンでは、異なる陣営の兵士であるクアン(Quang)とクオン(Cường)が、S字型の模様が入った伝統的な布(クアンの「 khăn rằn」)を握り合う姿が深い印象を残します。これは単なる象徴的なディテールにとどまらず、国の和解と統一への願いを喚起させます。南部の人々に馴染み深いその布が国土の形を成し、ベトナムという共通の血を分かち合う心をつなぐ紐となっていますが、一方でその布がS字に裂けている様は、戦争によって分断された祖国の痛みをも表現しています。 ❤️ 映画『赤い雨』は、戦争の過酷さだけでなく、同志や仲間への絆、故郷への愛、そして人間の生きる意志を際立たせています。それこそが、先輩世代が悲しみを乗り越え歴史を作り上げる原動力となった精神の力です。 「足音は静かに、そっと話しかけて草の下に眠る仲間たちのために青く澄んだクアンチの空と涼しい風広い古城も仲間たちでいっぱいだ…足音は静かに、そっと話しかけて草の下に眠る仲間たちのために一本一本の草木が魂となり敬意を表し一つ一つの川が軍隊の行進曲となる」 🪷 これは1972年のクアンチ古城の元兵士ファム・ディン・ラン氏による有名な詩『クアンチ古城の一寸の土地』の一節です。1972年のクアンチ古城での81日間にわたる勇敢な戦いを感動的に追悼した詩であり、現代の私たちに対して、「クアンチ古城の一寸の土地」が勇敢な戦闘精神、愛国心、そして崇高な犠牲の不滅の象徴であることを思い起こさせてくれます。また、私たちが多くの血と命をかけて守り抜いた平和の尊さに感謝し、大切にする心を喚起します。

文化

伝統的な中秋の名月祭で子ども時代に帰ろう

起源と意味 中秋節は、旧暦の8月15日(今年は太陽暦でいう2025年10月6日)に行われるお祭りで、「月見の節句」や「団らんの節句」とも呼ばれます。ベトナム、中国、日本などの東アジア・東南アジア諸国において、特に子どもたちにとって大切な行事であり、この日が近づくと、子どもたちは色とりどりの星形ランタンやお面、回転灯など、中秋節ならではのアイテムを手にして、楽しみに待ちわびます。 中秋節の起源は中国文化にあるとされており、嫦娥と后羿の伝説、唐の玄宗皇帝が月に昇った話、そしてベトナムの「チュ・クオイ」の物語などと深く結びついています。中秋節は時を経てベトナム文化に溶け込み、民間の風習の中で独自の色を持つ伝統行事となりました。 古くからの考えでは、旧暦8月15日の満月は一年で最も明るく、丸く輝くとされており、「家族の円満」や「豊かさ」の象徴と考えられています。そのため、中秋節には以下のような意味が込められています: ☼ 家族の団らん:子や孫が両親や祖父母と一緒に集い、絆を深める日。☼ 収穫への感謝:天に感謝し、恵まれた実りと天候の安定を願う行事。☼ 子どもの喜び:子どもたちは提灯を持って練り歩き、ごちそうを囲み、昔ながらの遊びに参加して大はしゃぎ。 中秋節にまつわる伝説 中秋節の歴史的な起源は、明確には確認されていませんが、以下の三つの説が有力とされています。 ► 嫦娥と后羿の伝説(中国):嫦娥が月の宮へ飛び立つ天女の物語です。► チュ・クオイの伝説(ベトナム):大木(多くは大榕樹)と、月に座るチュ・クオイの姿が語られ、子どもの想像力になじみ深い物語です。► 唐の明皇(または皇帝)が月に昇る話(中国):明皇が月への遊覧を行ったという故事があり、その楽しみを偲んで、旧暦8月15日を満月を愛で、灯りをともして月を眺め、提灯をかかげ、祭りを行う日とするようになったと伝えられています。 ۞考古学的には、中秋節を象徴する絵柄が**ゴックルー青銅鼓(Ngọc Lũ銅鼓)と呼ばれるドラムの表面に刻まれている例もあり、古い時代よりこの祭りのイメージがあったことを示唆します。また、中国の古代では春秋戦国時代にまでこのような月を愛でる風習があったとされます。ベトナムにおいては、中秋節が南中国平野(中国南部の稲作地帯)および紅河デルタ(北ベトナムの稲作地帯)の稲作文明から発生した、収穫を祝い、農民が一仕事終えた後に休息と楽しみをもつ祝祭と見なす説があります。 中秋節の伝統的な行事 中秋節には、人々は供え物を用意し、月を鑑賞する「月見」の習慣があります。月が高く昇る頃、子どもたちは歌や踊りを披露しながら満月を眺め、お供え物をみんなで分け合って楽しみます。お供えの盆には、ポン菓子やキャンディー、伝統的なお菓子などが並びます。多くの地域では、獅子舞や龍舞(ドラゴンダンス)が行われ、子どもたちは遊びやにぎやかな雰囲気を満喫します。中国本土や世界中の中華街では、この日に花火大会が開催されることもあります。 ♥ 家族全員で: ・家族団らん:親や祖父母を含めた世代が集まり、思い出を語り合う。・月を愛で、お茶をたしなむ:月を眺めながら、月餅を食べて、お茶を飲みながらゆったり過ごす。・月餅を親しい人や友人、同僚に贈ることで、愛情や感謝、敬意を表す。 ♥ 子どもたちにとっての中秋節の楽しみ・星型ランタン、鯉のランタン、回転式ランタンを持って練り歩く:子どもたちは村や町の一箇所に集まり、遊んだり歌ったりしながら、カラフルな提灯を手に近所を歩き回ります。・中秋のごちそう(お供え)を囲む:月餅、果物(ザボン、柿、バンレイシ、バナナなど)、緑豆餅、お菓子などが丁寧に並べられ、みんなで分け合いながら楽しみます。・獅子舞・龍舞・ライオンダンスを鑑賞する:賑やかで楽しい雰囲気を演出し、邪気を追い払う意味も込められた伝統的なパフォーマンスです。 中秋節の象徴的なアイテム・月餅(げっぺい):焼きタイプともち米を使った柔らかいタイプの2種類があり、満月を象徴し、豊かさと円満を意味します。・ランタン・星型提灯:道を照らす光の象徴であり、希望や信頼を意味します。・満月:家族の団らんと円満の象徴であり、中秋節に欠かせない存在です。 ベトナムの中秋節における主な行事 🎶 提灯行列:子どもが色とりどりの星形ランタンを持ち、歌いながら村や町を歩く。幼い頃の思い出として欠かせないもの。🎶 中秋のごちそうを並べる:果物、焼き月餅、餅月餅、特に「柚子犬」というモチーフなど。月を見ながら、チュ・クオイの伝説を思い起こしつつ。🎶 子どものための玩具作り:お面、太鼓、星形ランタン、トーヘ、風車など伝統的な手工芸品。現代ではプラスチック製のものも見られる。🎶 月餅作り:緑豆・ココナッツ・ハスの実・果実ジャムなどの伝統的な餡で作る。団らんと家族への愛を象徴。🎶 満月を眺める:外に出て、色鮮やかなランタンを灯して、年で最も明るく丸い月を家族・友人と共に楽しむ。🎶 太鼓隊:男性・女性が太鼓に応じて歌を交わす、賑やかな雰囲気を作る。🎶 獅子舞:村の社、学校の校庭などで、優雅かつ躍動的な演舞が行われ、幸運と繁栄をもたらすとされる。🎶 中秋の贈り物:月餅やお菓子、ランタン、果物などを贈りあい、感謝とつながりを深める。 他国における中秋節 中秋節はどの国でも、月を眺め、先祖を思い、幸運を祈り、子どもたちが遊ぶ行事ですが、それぞれの国には伝統的な菓子や風習、象徴が異なります。 日本には「お月見」があります。日本人は三角形に積んだ月見団子を供え、すすきを飾って月を眺めます。子どもたちは鯉のぼりの形をした提灯を持ち歩きます。これは勇気の象徴です。伝説は月のウサギにまつわっています。 韓国の8月15日の祝祭日は「秋夕(チュソク)」と呼ばれ、3日間続く家族の団らんの時期です。韓国の人々は新しく収穫した農産物を使って先祖に供え物をし、伝統衣装の韓服(ハンボク)を着用します。代表的な中秋の菓子は半月形で色とりどりの松餅です。 タイでは中秋節は「月の祈りの祭り」と呼ばれ、陰暦8月15日に行われます。人々は観音菩薩(クァンイン)と八仙に供え物を捧げます。月餅は桃の形をしており、一般的にグレープフルーツと一緒に食べられます。これは家族の団らんと甘美さの象徴です。 マレーシアでは月餅が全国で作られ販売され、提灯が灯され、獅子舞や龍舞、さまざまな娯楽活動が行われます。 中国の中秋節は嫦娥と月の兎にまつわる伝説と結びついています。伝統的な月餅は焼き月餅ともち月餅があり、地域によって味が異なります。人々は提灯を飾り、放ち、提灯行列をしたり、龍舞や獅子舞を行ったりします。 この時期、中国では中秋節に龍舞がよく行われますが、ベトナムでは獅子舞や獅子舞が披露されます。 ✨ 中秋節は子どもたちが遊び、家族が団らんし、コミュニティが絆を深める機会です。八月十五日の満月の夜は、ただの自然の贈り物ではなく、団結と幸福の神聖な象徴でもあります。

文化

東アジア文化における旧暦7月15日の起源と意味

意味と起源 旧暦の毎年7月15日(今年は2025年9月6日の太陽暦に該当する)は、「七月十五日」または「中元節」とも呼ばれ、ベトナムをはじめとするアジア諸国の人々の精神文化に深く根ざした重要な伝統行事のひとつです。この日は「亡者の罪を赦す日」とされ、東アジア諸国の風習において祖先や死者の魂を供養する大切な機会とされています。 民間信仰によると、旧暦7月は地獄の門「鬼門関(きもんかん)」が閻魔大王によって開かれ、死者や霊魂が現世に戻ることが許される時期とされています。このため、旧暦7月は「孤魂の月(ここんのつき)」とも呼ばれ、不成仏霊への供養が広く行われます。 仏教においては、旧暦7月15日は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」として知られ、親孝行を表す特別な日です。その由来は、仏弟子の目連尊者(もくけんれん・Mục Kiền Liên)が、餓鬼道に堕ちた母を救ったという物語に基づいています。この日に、人々は先祖や両親の恩を偲び、供養を行い、同時に僧侶に食事や布施を捧げ、その功徳を故人に回向することで、報恩と感謝の心を表します。 ベトナムにおける旧暦7月15日の行事 この日、ベトナムの多くの家庭では、祖先を偲び、育ててくれた両親やご先祖様への感謝と報恩の気持ちを表すために、お供え物を準備して供養を行います。また、「施餓鬼供養(せがきくよう)」として、薄いお粥、米、塩、お菓子などを使って無縁仏(孤魂)に捧げる風習も広く見られます。 寺院では、「盂蘭盆会(うらぼんえ)」の法要が厳かに執り行われ、読経、回向、赤いバラを胸に飾る「ローズ・セレモニー」、施餓鬼の儀式などが行われ、人々に孝行の心や慈悲の精神を呼びかけます。さらに、善行のひとつとして、鳥や魚を自然に放す「放生(ほうじょう)」の習慣も広まり、多くの人々が福徳を積む機会としています。 いくつかの国における旧暦7月15日の行事 旧暦7月15日はベトナムだけでなく、アジア各国の文化に深く根付いています。 👉 中国:亡者の供養を行うこの行事は「中元節(ちゅうげんせつ)」と呼ばれ、ベトナム語では「テト・チュンゴアン」と読みます。中国の仏教徒は旧暦7月の初めから30日までこの行事を行い、主に夕方や夜に催されます。これは、太陽が沈む時にさまよえる霊魂が地獄から解放されると信じられているためです。僧侶や霊媒師は米や小さな食べ物を空中に撒き、霊魂に分け与えます。 👉 台湾:台湾の「亡者の供養」には古くからの風習として灯籠流しがあり、全国各地で大規模な霊送りの祭りが開催されます。主な催しは、花車や果物を乗せた山車の行列と獅子舞です。 👉 香港:香港はアジアで最も大きな旧暦7月15日の行事が開催されます。公式の祭典は旧暦7月14日から16日の3日間、全国の寺院や祠で行われ、香港の無形文化遺産の一つとされています。 👉 シンガポール:シンガポールの盂蘭盆会は、「ゲタイ」と呼ばれる霊魂のためのショーが特徴で、亡くなった親族を偲ぶ機会ともなっています。旧暦7月15日の期間中、チャイナタウンや道教寺院であるLorong Koo Chye Sheng Hong寺院が賑わいます。 👉 マレーシア:旧暦7月15日は「Hungry Ghost Festival(飢餓霊祭)」として重要な祭りです。人々は祖先への供物として豪華な料理を用意し、大きな人形を燃やし、屋外パーティーやパフォーマンスを開催し、共に祈りを捧げます。 👉 インドネシア:ここでは「Chit Gwee Pua」と呼ばれ、人々は寺院に集まり、不運な霊に供物を捧げます。供物はその後貧しい人々に分けられ、ジャワ島の祭りでは供物を巡る争奪戦が恒例となっています。北スマトラ、リアウ、リアウ諸島では、マレーシアやシンガポールの華人コミュニティの伝統に倣ったゲタイの舞台も開催されます。 👉 日本:旧暦7月15日は「中元(ちゅうげん)」とも呼ばれ、この期間に「お盆」として仏教の祭りが行われ、先祖や故郷への感謝を表します。祭りは約3日間(旧暦7月13日から15日まで)続きます。 👉 韓国:韓国では旧暦7月15日を「백중(ペクチュン)」または「백종」と呼び、「百種類の穀物」を意味します。この時期は多くの野菜や果物の収穫期にあたります。また中国と同様に「中元節」や「盂蘭盆(ウランボン)」とも呼ばれています。 人間的な価値 旧暦7月15日は、先祖を偲び、親への感謝を表すだけでなく、迷える霊魂に対する慈悲や分かち合いの精神を広める機会でもあります。これは長い歴史を持つ美しい文化であり、ベトナム人をはじめアジアの人々の精神生活において、孝行の道徳を育み、地域社会の絆を深める重要な役割を果たしています。

文化

誇り高き節目 - ベトナム社会主義共和国建国80周年記念(1945年9月2日 ~ 2025年9月2日)

1. 9月2日の歴史的意義 1945年9月2日、ハノイのバーディン広場において、ホー・チ・ミン主席は厳かに「独立宣言」を読み上げ、ベトナム民主共和国(現在のベトナム社会主義共和国)の建国を世界に向けて正式に宣言しました。ホー・チ・ミン主席は次のように高らかに述べました。「ベトナムは自由と独立を享受する権利がある。そして現実に、自由で独立した国家となった。全ベトナム国民は、この自由と独立を断固として守るため、精神も力も、生命も財産もすべてを捧げる覚悟である。」 1945年のあの革命の秋以来、「独立・自由ほど尊いものはない」という精神のもと、ベトナム民族は幾多の困難と熾烈な戦いを、勇敢かつ粘り強く乗り越えてきました。数百万の尊い命が犠牲となりながらも、民族の解放、国家統一、国づくり、そして祖国の防衛を成し遂げてきたのです。2025年は、ベトナムが建国80周年を迎える特別な年です。この記念すべき節目は、過去80年にわたる国民の不断の努力、誇り高い歴史、そして民族の団結の象徴となります。 ❤️ 独立宣言誕生の背景 ・1945年8月22日:ホー・チ・ミン主席はタンズァオを出発し、ハノイへ向かいました。 ・1945年8月25日:ホー・チ・ミン主席は民族解放委員会と共にハノイに到着。主席は民族資本家であるチン・ヴァン・ボー氏の自宅(ハン・グアン通り48番地)に滞在しました。 ・1945年8月28日の夜:ホー・チ・ミン主席(当時、ベトナム民主共和国臨時政府の首相)は、ハン・グアン通り48番地の家で「独立宣言」の草稿を起草しました。 ・1945年8月31日:ホー・チ・ミン主席は独立宣言の草稿を読み返し、いくつかの点を加筆・修正しました。 ・1945年9月2日午後:ホー・チ・ミン主席は、臨時政府の首相として「独立宣言」を朗読し、ベトナム民主共和国の建国を公式に世界に宣言しました。 2. 2025年建国記念日の主な記念行事 🪄 80周年記念式典およびパレード(8月革命成功とベトナム社会主義共和国建国記念)主な内容は伝統のたいまつ行進、国旗掲揚の儀式、開催趣旨の宣言、代表者紹介、党と国家指導者のスピーチ、そしてパレードと行進プログラムが含まれますです。 👉 規模:国家規模で行われ、約30,000人が(パレード参加者を除く)および武装勢力や市民団体が参加します。さらに、5か国からのゲスト軍隊によるパレードも予定されています。👉 場所:中心はバーディン広場で、その後フンヴォン通り、ホアンディエウ通り、キンマー通り、リュウザイ通りなどの主要市街地をパレードします。👉 日時:2025年9月2日(火)午前6時30分から午前10時まで。 🕹️ 華麗な花火 — 神聖な瞬間を祝して 9月2日夜、ハノイでは5つの主要会場(ホアンキエム湖、ミーディン競技場、トンニャット公園、ホータイ湖、ホーバンクアン湖)で花火が打ち上げられます。また、全国34の省・市でも建国記念を祝う花火や文化イベントが開催され、明るく活気あふれる雰囲気が社会全体に広がります。 中でもホーチミン市は特別な芸術プログラムを展開。2025年9月2日21時から21時15分まで、「80周年記念 8月革命・建国記念日・サイゴン蜂起の日」をテーマにした特別生中継と、ハイレベル及びローエリアでの花火ショーが行われます。 🪷屋外でのライブ中継 ハノイ市では、一般市民や観光客がイベントを鑑賞できるよう、LEDスクリーンシステムと400台の拡声スピーカーが設置されます: ・パレードルート3路線に沿って11カ所(LEDスクリーン14台) ・首都ハノイの主要6つの玄関口(LEDスクリーン7台) ・公共スペース136カ所(文化会館、学校、スタジアムなど) ・企業から追加提供されたLEDスクリーン127台を動員 ・約10kmにわたるパレードルート全体に400台のスピーカーを設置、音量は80〜90dBでカバー 🌺歓迎の文化・芸術プログラムが実施中または予定されています 特別芸術プログラム:2025年9月1日20時10分より、ハノイ・ミーディン国立スタジアムにて開催(ベトナムテレビVTV1で生中継)3都市でのライブ中継:ハノイ、ホーチミン市、フエ(ベトナムテレビVTV1で生中継)時事芸術プログラム「私はベトナム人」イベントをテーマにしたプロパガンダポスター創作コンテストオンラインコンテスト「ベトナムの誇り」大型漆絵展覧会「独立の春」 ⭐️建国記念日(9月2日)を祝して、全国で一斉に250件のプロジェクトが着工・竣工 2025年8月19日、全国34の省・市において、火力発電所、住宅、産業団地、病院、スポーツセンターなど、計250件の重点プロジェクト・工事の着工および竣工式が行われました。主な事例としては、カントー市の「オーモンIV火力発電所」、アンギエップ工業団地内の労働組合向け住宅プロジェクト、タイグエン省の「イェンビン第2工業団地」、ゲアン省の「がん病院第2期」、ダラット市の「国立スポーツ訓練センター建設プロジェクト」などが挙げられます。 これらの取り組みは、インフラの発展を示す重要なマイルストーンであり、経済・社会成長の推進、そして民族の文化的・歴史的価値の顕彰を目的としています。このイベントは単なる祝典にとどまらず、国民の精神と貢献への意欲を高め、国家発展の原動力となる意義深い機会です。 ⚡️祝日スケジュール 2025年、国家機関・行政機関・政治組織・社会政治団体に所属する幹部、公務員、職員、労働者は、2025年の建国記念日を祝し、8月30日(土)から9月2日(火)までの4日間の休暇となります。この期間には、建国記念日の法定休日2日間と週末2日間の休暇が含まれます。 💎なぜ2025年の建国記念日は特別なのか? ベトナムが「独立・自由・幸福」の道を歩み始めてから80年。この歴史は、誇り高く輝かしい民族の歩みそのものであり、国の解放、統一、建設と防衛、そして今日の刷新と発展における数々の偉大な成果を称える重要な節目となっています。 今年の建国記念日は、国家的な儀式だけにとどまらず、文化・芸術、そして地域社会とのつながりを重視した多彩な活動が展開されています。これらの取り組みを通じて、ベトナム共産党の指導的役割に対する全党・全人民の信頼を強化し、国家を新たな時代へと導く歴史的な政策に対する確信を深めるものです。

文化

七夕(旧暦7月7日)– 東アジア文化が色濃く反映された伝統的な行事

七夕は旧暦の7月7日に行われる行事であり、本年(2025年)は8月29日(グレゴリオ暦)にあたります。このお祭りは中国発祥の伝統行事ですが、ベトナム、日本、韓国など東アジア諸国でも広く受け入れられています。七夕は「雨季の節句(テット・ガウ)」あるいは「雨夫婦の日」とも呼ばれます。この行事は、牽牛と織姫という切ない愛の伝説に結びついており、恋人たちの間での待ち続ける心、忠実さ、そして愛のための犠牲を象徴する物語です。 ♥ 起源と意味 伝説によると、牽牛(けんぎゅう)という心優しい牛飼いの青年と、天の機(はた)を織る織姫(おりひめ)は深く愛し合っていましたが、天界の掟によって引き離されてしまいました。二人は年に一度、旧暦7月7日の七夕の夜にだけ、カササギ(オウチョク)の群れが天の川に橋をかけてくれるおかげで再会することができるのです。 このように、七夕は単なるスピリチュアルな行事ではなく、一途な愛や永遠の絆を称える日でもあります。東アジアのいくつかの国では、この日を「恋人の日」としても捉えています。 ♥ 習慣と活動 ・ベトナムでは、七夕は大きな祝日ではありませんが、若者の間では注目されています。多くのカップルが一緒にお寺に行き、良縁や永遠の愛を願います。また、「この日に赤豆のおしるこ(チェー・ダウ・ドー)を食べると恋がうまくいき、運命の相手に出会える」との言い伝えもあります。 ・中国、日本、韓国では、七夕にはさらに多彩な活動が行われています。例えば、日本では「七夕(たなばた)」と呼ばれ、短冊(たんざく)という小さな紙に願い事を書き、竹の枝にカラフルな飾りとともに吊るします。中国では、女性が手芸や織物の技を競う風習もあり、天に供え物をして幸せな恋や結婚を祈るのが一般的です。 ・中国ではこの伝統行事は、未婚女性が愛や結婚の幸せを天に祈る機会でもあり、また自然や才能ある女性への敬意を表す日ともされています。「恋人たちが七夕の夜に織姫と牽牛の星を一緒に見ると、永遠に結ばれる」とも信じられています。また、独身者がこの日に赤豆のおしるこを食べると、近いうちに恋人ができるという言い伝えもあります。 ・日本では、この日になると牽牛と織姫が天の川を渡って再会するとされています。七夕には、人々が短冊に願い事を書き、竹に飾りとともに吊るします。これによって願いが叶うと信じられています。Tanabata(たなばた)は個人の夢を表現する機会であると同時に、日本文化における自然、伝説、信仰が調和する美しさを象徴しています。この時期、日本の夏の夜は華やかでロマンチックな雰囲気に包まれ、観光客にも人気のイベントです。 ・韓国では、七夕は「チルソク(칠석)」と呼ばれています。この日には、人々が健康を祈願して水浴びをしたり、小麦粉を使った麺や焼き菓子を食べたりします。チルソクは「小麦料理を楽しむ日」としても知られており、この日を過ぎると冷たい風が吹き始め、小麦の風味が損なわれると考えられています。 ♥ 七夕の日に「すべきこと」と「避けるべきこと」 ► すべきこと: ・お寺参り: 自分自身と家族の平安・幸運を願ってお寺に参拝します。独身の人は縁結びを願い、理想の相手に出会えるよう祈るのが一般的です。 ・善行を積む: 可能であれば人を助けたり親切な行動を取ることで、徳を積み、良縁や幸運が訪れると信じられています。 ・ランタンを飛ばす: 恋人たちは永遠の家庭を願って灯籠を飛ばし、独身の人は運命の人と出会えるようにと願いを込めます。 ・プレゼントを贈る: 多くの若者がこの日、大切な人にプレゼントを贈って想いを伝えます。 ・赤豆のおしるこを食べる: 特に独身者の間では「恋人ができる」と信じられており、縁起を担いで食べる習慣があります。 ► 避けるべきこと: ・婚約や結婚式を挙げること: 昔からの言い伝えでは、牽牛と織姫が再会してすぐにまた別れてしまう日とされ、不吉と考えられています。 ・家を建てたり車を買うこと: この時期は旧暦7月で雨が多く、物事を始めるのにふさわしくないとされています。 ・悪いことをすること: 徳を損なうような行動は避け、恋愛運や運勢を良くするためにも善行を心がけることが大切です。 ♥ 人間味あふれるメッセージ 七夕は恋人たちの愛を称えるだけでなく、すべての人間関係において「忍耐」「誠実さ」「犠牲の精神」の大切さを思い出させてくれる日でもあります。たとえ時間や距離に隔てられ、どんな試練があろうとも、互いに真心を持って向き合えば、いつか願いは叶うという希望を私たちに教えてくれます。

文化

端午節とは?ベトナムの「虫払いの日」の意味と伝統的な風習を探る

「端午節(テット・ドアン・ゴー)」、または通称「虫払いの節句」は、ベトナムに古くから伝わる伝統的な祝日の一つです。旧暦の5月5日にあたるこの日は、農業と深く結びついた精神的な意味を持ち、自然への感謝、祖先への敬意、そして健康を守るという文化的な側面が、今も大切に受け継がれています。 1. 端午節とは? 漢越語(ベトナム語における漢字語)で「端」は“始まり”、「午」は“午の刻(午前11時ごろ)”を意味します。したがって、「端午節」とは旧暦5月5日の午の刻から始まる節句という意味になります。 この日は、寄生虫を体内から追い出し、作物を害虫から守るという目的で、人々は伝統的な儀式や食べ物(発酵米、もち菓子、酸っぱい果物など)を用いて「虫払い」を行います。そのため、「虫払いの節句」とも呼ばれています。 2. ベトナム人の暮らしにおける端午節の意味 端午節は、春から夏へと季節が移り変わる時期にあたり、気温の上昇とともに害虫や疫病が発生しやすくなる季節です。 古くからベトナムでは、もち米を発酵させた甘い酒(コムルウネップ)や、灰汁で煮たもち米で作るバインチューチョー(Bánh ú tro)、酸味のある果物(梅、ライチ、マンゴーなど)を朝に食べることで、体内の「虫(寄生虫)」を排除し、健康を保つと信じられてきました。 また、この日は家族が集まり、先祖に供物を捧げる日でもあります。祖先への感謝を表すと同時に、世代を超えて伝統をつなぐ大切な機会です。 3. 端午節の起源にまつわる伝説 ベトナムの民間伝承によると、端午節の起源は「ドイ・チュアン(Đôi Truân)」という老賢者にまつわる話にさかのぼります。 ある年、作物が害虫によって壊滅的な被害を受け、人々が困り果てていたところに、ドイ・チュアンという老人が現れました。彼は人々に祖先を祀る祭壇を設け、旧暦5月5日の朝に発酵もち米(コムルウネップ)を食べるようにと教えました。 すると不思議なことに、害虫は次々と姿を消し、作物が無事に育つようになったのです。それ以来、人々はこの日を「虫払いの節句(Tết diệt sâu bọ)」として祝い、習慣として受け継いできました。 4. 端午節における伝統的な風習と料理 端午節(テット・ドアン・ゴー)は、精神的な意味合いが深いだけでなく、ベトナムならではの伝統的な風習や料理を通じて、文化的なアイデンティティを表現する日でもあります。 ●  祖先への供え物 – 旧暦5月5日の朝の重要な儀式 端午節の朝、ベトナムの家庭では簡素ながら丁寧な供え物(お供え膳)を準備し、先祖に感謝と祈りを捧げます。供え物には、発酵米(コムルウ)、バインチューチョー(灰汁もち)、夏の果物、花などが含まれ、家族の平安や豊作、健康を祈願する風習として大切にされています。 ● 発酵もち米を食べる – 全国共通の「虫払い」の風習 発酵米、または発酵もち米(コムルウ、またはコムルウネップ)は、この日に欠かせない伝統食です。もち米を自然発酵させて作られ、ほんのり甘く、少しピリッとした味が特徴で、体内の寄生虫を取り除くという民間信仰に基づいて食べられます。 地域によって形や食べ方が異なります:・北部:発酵もち米はパラパラの状態で、スプーンで食べる。・中部・南部:もち米を団子状に丸め、白酒に漬けて食べる。 ● バインチューチョー(灰汁もち) – 夏にぴったりのさっぱり菓子 バインチューチョー(Bánh ú tro)は、中部・南部地方で特に親しまれている端午節の伝統菓子です。灰汁に浸けたもち米を、バナナの葉や竹の葉で包み、蒸して作ります。中に緑豆餡を入れることもありますが、餡なしのタイプもあります。淡い黄金色で清涼感があり、消化にもよく、蒸し暑い季節にぴったりの食べ物です。 ● 夏の果物 – 美味しくて「虫払い」の意味も込めて この時期に旬を迎える梅、ライチ、マンゴー、スイカ、ランブータンなどの果物は、供物としても食事としても登場します。民間では、酸味や渋みのある果物を食べることで体内を浄化し、健康を保つとされています。 ●  薬草風呂(香草の葉風呂) – 邪気を払う伝統的な習慣 一部の農村地域では、レモングラス、グレープフルーツの葉、ヨモギ、緑茶の葉などを煮出した湯で体を洗う「薬草風呂」の習慣があります。これは、体を清めて暑気を払い、邪気を祓い、健康を保つという目的があり、季節の変わり目にふさわしい伝統的なセルフケア法として受け継がれています。 5. 現代社会における端午節 - 文化の本質を守り、伝統を未来へつなぐ ベトナム社会が日々進化し、生活様式が大きく変化している現代においても、旧暦5月5日の「端午節(テット・ドアン・ゴー)」は、多くの家庭で欠かすことのできない文化的行事として大切にされています。 現在では、かつてのような盛大な祝い方は減っているものの、祖先への感謝、健康への配慮、自然との共生という精神は、今も変わらず受け継がれています。発酵もち米(コムルウネップ)や灰汁もち(バインチューチョー)、季節の果物を食べる習慣は、世代を超えて今なお続いています。 […]

文化

5月 ホーおじさんを偲んで – ホー・チ・ミン主席生誕135周年記念(1890年5月19日~2025年5月19日)

歴史の旅はベン・ナ・ロンから始まった 1911年6月5日、サイゴンのベン・ナ・ロン港で、当時21歳の青年グエン・タット・タインが、アミラル・ラトゥーシュ・トレヴィル号にひそかに乗船し、国を救う道を探すために旅立ちました。その30年にわたる旅は、ベトナム民族の運命を大きく変えることとなりました。その青年こそが、私たちが敬愛するホー・チ・ミン主席です。 ホーおじさんは、幼少期にはグエン・シン・クン(Nguyễn Sinh Cung)、学生時代にはグエン・タット・タイン(Nguyễn Tất Thành)と名乗り、長年にわたる革命活動の中で、グエン・アイ・クォック(Nguyễn Ái Quốc)やその他多数の別名・筆名を使用していました。主席は1890年5月19日にゲアン省ナムダン県キム・リエン村で生まれ、2025年5月19日は生誕135周年にあたります。(逝去は1969年9月2日) 彼は愛国心あふれる儒学者の家庭に生まれ、外国の侵略者に対して勇敢に戦ってきた土地で育ちました。幼いころから、祖国がフランス植民地支配のもとで苦しむ姿を目の当たりにし、民衆の苦しみと独立を求める強い意志に触れたことが、彼の革命的精神を育みました。そのため、若くして「私はただ一つの欲望、非常に強い欲望を持っている。それは、我が国が完全に独立し、国民が完全に自由になり、誰もが食べ物と衣服を得られ、誰もが教育を受けられるようにすることだ」との決意を抱くようになったのです。 なぜ「ホーおじさん」なの? ・ホー主席は1942年から逝去し、遺言を書くまで「ホー・チ・ミン」という名を用いていました。 ・「ホー・チ・ミン」という言葉は、日本語の「菩薩(ボサツ)」と意味が重なるとされています。これは、京都の名刹・清水寺の住職である大西師による説明で、「ホー」は菩薩、「チ・ミン」は「智民(知恵と民衆)」を意味します。つまり、「ホー・チ・ミン」は知恵と光明を備えた、現代に生きる民衆のための菩薩であるとされています。 ・チュオン・チン書記長が、ホー・チ・ミン主席を初めて「バク(Bác)」と呼び、それが党中央での「長兄」を意味する呼び方として広まり、全国民に親しまれる愛称となりました。 ※ホー・チ・ミン主席による民族解放・独立のための歴史的な歩み: 1911年~1920年の時期:  愛国主義から共産主義へ、そしてベトナム民族解放の道を探る時期。 この間、主席はフランス、アメリカ、イギリスをはじめ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの多くの植民地を訪れ、植民地主義の本質的な悪を深く理解しました。そして1920年7月、レーニンによる「民族問題および植民地問題に関するテーゼ草案」に触れた際、民族解放の道を見出したと確信しました。 1921年~1930年の時期:  マルクス・レーニン主義と自身の革命思想を広め、ベトナム共産党を創設し、救国路線の危機を終わらせた時期です。 1930年~1941年の時期:  民族解放革命路線を完成させ、祖国へ帰国し、民族の独立と自由という願いを実現するための活動を展開。 この正しい革命路線の成果は、1945年の八月革命の勝利として実を結び、我が国の歴史における新たな時代――「独立と自由の時代、社会主義時代」の幕開けとなりました。 🇻🇳 ホー・チ・ミン主席 - 偉大なる生涯と革命の歩み 1. 青年期と祖国独立の道を探る旅 ・1890年5月19日、ゲアン省ナムダン県キム・リエン村に、愛国的な儒学者の家庭に生まれる。・1911年、サイゴンのベン・ナ・ロン港から密かに出航し、祖国を救う道を探すため30か国以上を渡り歩き、多くの職業を経験しながら学び続けた。・1920年、フランスでマルクス・レーニン主義に触れ、ベトナム民族解放の道はプロレタリア革命であると確信。 2. 革命を指導し、ベトナム民主共和国を設立 ・1930年、ベトナム共産党を創設。・1945年9月2日、ハノイのバーディン広場で「独立宣言」を読み上げ、ベトナム民主共和国の建国を宣言。 3. 抵抗戦争と国家建設を指導 ・フランス植民地主義とアメリカ帝国主義に対する独立戦争を指導。・新国家の建設に尽力し、教育、医療、民族団結など国民の生活向上に力を注ぐ。 4. ホー・チ・ミン思想と道徳 ・マルクス・レーニン主義をベトナムの現実に即して応用。・「勤勉・倹約・清廉・正直・公私混同なし」という革命倫理を重視。・質素な生活を貫き、常に民衆とともに生きる指導者であった。 5. 偉大なる遺産 ・「民族の父」として、独立と平和を希求するベトナム国民の象徴。・1987年、ユネスコより「民族解放の英雄・ベトナムの卓越した文化人」として顕彰される。 ホー・チ・ミン主席生誕135周年記念行事 今月5月、全国でホー主席を偲ぶ意義深い活動が盛大に行われています。 🔶 国家レベルの主要イベント: ・2025年 セン村フェスティバル(5月10日〜19日、ゲアン省にて)・ホアン・ティ・ロアン夫人の墓所における「9段の滝」記念施設の落成式・「ホー主席の足跡をたどる」ランニングイベント・映画芸術家やホー主席をテーマにした映画制作チームとの交流会 🎬 映画週間(5月12日〜15日、ゲアン省):上映作品:『幼き月の光(Vầng trăng thơ ấu)』『ホー主席への献花(Đóa hoa dâng Bác)』『千年の都とホー・チ・ミン主席』 など 地方での主な記念活動: […]

文化

【ベトナム語訳】南部完全解放・国家統一50周年記念(1975年4月30日~2025年4月30日)

不滅の春の大勝利精神歴史の金字塔:1975年4月30日、南部解放・祖国統一の日1975年4月30日午前5時30分、ベトナム人民軍は最終進軍を開始し、サイゴン中心部に突入しました。午前11時30分、独立宮殿の門が突破され、解放軍の旗がサイゴン政権の司令部の上にはためいた瞬間、全国民が歓喜に包まれました この歴史的な日付は、アメリカとの抗戦での偉大な勝利と南部解放、国家統一を象徴する輝かしい歴史の節目として記憶されています。 ホーチミン作戦 ― 歴史を決定づけた転換点 1975年4月14日、ベトナム共産党中央政治局は、サイゴン・ザーディン解放作戦を「ホーチミン作戦」と命名し、実行を決定しました。この作戦により、以下の歴史的成果を達成しました: ・アメリカの介入の排除・傀儡政権の崩壊・南部の完全な解放と国家分断の終結(21年間)・領土・領空・領海における完全な主権の確立・祖国の新たな独立・平和・発展の時代への移行 偉大な勝利を導いた要因 ホーチミン作戦を頂点とするこの勝利は、次のような多くの要因の総合成果でした。 1. ホー・チ・ミン主席と党の正しい指導 独立・自主・創造的な政治・軍事路線を掲げた党のリーダーシップは、勝利への道を切り開きました。 2. 民族の伝統と愛国精神 4000年にわたる建国・護国の歴史が生んだ不屈の意志と「独立・自由ほど尊いものはない」という精神が、全国民に共有されていました。 3. 全民族の力と武装部隊の奮闘 全国民の勇敢で賢明な戦い、中核となった三軍体制の人民軍の活躍が決定的でした。 4. 国際的な団結と支援 世界中の革命・平和勢力の強力な支持と、インドシナ3国の連帯と戦闘協力も大きな支えとなりました。 不滅の4月30日精神 ― 誇りと責任を未来へ50年の歳月を経ても、「1975年春の大勝利」の精神は今なおベトナム国民の心に生き続けています。それは民族の誇りであり、同時に次世代へ受け継ぐべき、平和・独立・発展の道に対する責任でもあります。 ベトナム南部完全解放・国家統一50周年記念イベント(1975年4月30日〜2025年4月30日)全国をつなぐ歴史的テレビ中継プログラム(2025年4月27日)2025年、ベトナムは南部完全解放・国家統一50周年という歴史的な節目を迎えます。これを記念して、全国の主要地点を結ぶ特別なテレビ中継プログラムが放送されます。 この番組は、以下の地域から生中継される予定です: ・ハノイ首都・ホーチミン市・ベトナムの抗米戦争にゆかりのある歴史的名所📺 放送日時:2025年4月27日(日)20時10分~📡 放送チャンネル:VTV1、VTV8、VTV9 この中継は、全国民が歴史を振り返り、統一の誇りを共有する貴重な機会となります。 国家レベルの記念式典とパレード(2025年4月30日)50周年を祝う国家規模の記念式典および軍事パレード・市民行進が、ホーチミン市で盛大に開催されます。 式典には、以下の内容が含まれます: ・記念式典(ミーティング)・軍隊および市民による大規模パレード・党・国家指導者、退役軍人、一般市民の参加 🎖 テレビ放送:2025年4月30日(火)午前7時~ VTV1にて生中継📲 VTVgoでは午前6時30分からライブ配信開始 この記念式典は、祖国の独立と統一の歴史的意義を再確認し、未来に向けた平和と発展への意志を表明する重要な機会です。 南部完全解放・国家統一50周年記念特別プログラム(1975年4月30日~2025年4月30日)ベトナム南部完全解放・国家統一50周年を記念して、歴史を振り返り、平和と民族の団結を訴える数多くの特別番組や文化芸術イベントが全国で開催されます。 1. VTV特別番組「意志の対決」 「意志の対決(Cuộc đọ sức của ý chí)」は、元アメリカ国防長官ロバート・マクナマラの息子であるクレイグ・マクナマラ氏の視点から語られるドキュメンタリーです。戦争という父親の“遺産”と向き合い、ベトナム国民への伝えられなかった謝罪の思いを描いた心の葛藤の旅路です。 2. ドキュメンタリーシリーズ「平和への渇望」 5部構成のドキュメンタリー映画「Khát vọng hòa bình(平和への渇望)」が公開予定。南部地域の輝かしい歴史と、外敵から祖国を守るための戦いの軌跡が、感動的に再現されます。 3. 全国同時中継「勝利の歌は永遠に響く」 […]

1 2